スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

- | permalink | - | -

アイチのできるまで 1回

何故魔法少女ものを選んだのか。
魔法少女ものならなんでもできるだろうというのが、一番の理由。
女の子のガンアクションがやりたかったんだけど、理由付けも面倒だし。
第二の理由は魔法少女ものにあまり思い入れがないから。

特撮ヒーローは大好きで人生のかなりの時間を費やしているんだけど、どうしてもヒーローものはやりたくなかった。
70年代なら各社ヒーロー百花繚乱。
そのなかでやっても、パロディではなくその中の(マイナーな)一作品で済む。
でも、今はほぼ東映の独占状態。
ヒーローものを書けばどうしてもパロディになってしまう。
仮面ライダーみたいなものはやりたくなかった。
「仮面ライダー」そのものはやりたいけど。
三角マークの会社で。
戦隊みたいなもの同様。やるならホンモノがやりたい。
けれどそれは無理。

魔法少女なら、まだそこまで会社のカラーに染まってない。
だから選んだ。
ただ、やっぱり魔法少女のパロディはやりたくないので、絶対にパロディ色が強くならないよう、企画物っぽくならないように気をつけた。

で、時は大学三年のころ、何かオリジナルで書こうと思ったけど、どんなのを書くかは決まらない。
決まっているのは魔法少女ものということ。
当時自分は倫理学専攻の学生だったわけで・・・。
どんな話かわからないけど、そのときに自分に出来そうなタイトルだけが急に思い浮かんで、速攻でkaitaro氏にメールを送る。
「魔法少女ロジカルアイチ」と。
[番外編]春日SIDE | permalink | comments(3) | trackbacks(0)

アイチのできるまで 2回

とにもかくにも魔法少女っぽいタイトルが思いついた。
ロジカルはもちろん論理、アイチは愛知=フィロソフィ=哲学。
論理と哲学をタイトルに入れてみたものの、なんのこっちゃらわからん。
ただ、そういうところの学生だったというだけ。

やりたい話は女の子が銃を撃つということと、無生物が動く話。
あと見たいのはアンミラちっくなコスチュームってくらいで、内容は全然見えてこない。

まぁストーリーというか、ネタ自体はちょこちょこと思いつくのでいいわけだ。
ただ、タイトルに論理・哲学と入れてしまった以上は、何かやらないわけにいかない。
で、そんなこんなで出したいキャラとやりたいネタをもとに4章立てで話を書いたわけで。
いいんですよ、ネタ自体は。構成もそんな悪くないでしょう。
でもさ、なんか名前負けしているというか、いまいちこのタイトルにあっていなかった。
大体、倫理の学生つったってそんな理解してないんだもん。
じゃあ、それらしい、なんつーか理屈っぽいというか、哲学書ばっかり読んでるキャラにしたり、妙に思想にかぶれたようなやつ、一般的なイメージにあわせればいいのかというと、それは無理。
だってベタはいやだから。

それで、惨敗な状態のまま1年くらい経っちゃうのね。
[番外編]春日SIDE | permalink | comments(0) | trackbacks(0)

アイチのできるまで 3回

論理と哲学についてのレポートを書いていた。
タイトルにいれたのにそこがあやふやだとどうにもならん。
それと、どっちをより優先するかということも考えた。
主人公の名前が高村アイチなので、論理と哲学だと、まぁやっぱ哲学が一番で、論理がそれを支える内容にするべきであろうと。

さてと、まぁなんだ。
それはひとまず置いておいて、春日はガンダムファンでもあるわけ。
ガンダムという作品において、どんなに否定しようとも、やはり「ニュータイプ」ってのは外せない。

レビル将軍の台詞
「ニュータイプというのは戦争などしなくても済む人間のことだよ」
あまりにも簡単で下手するとちょっとバカにされかねない解釈。
でも、端的にいえばその通り。
ニュータイプへの道を阻むものは「こだわり」。
後のイデオンにおいて知的生命が滅んだのも「こだわり」のせい。
人がニュータイプになれなかったから。

ところで結構誤解している人がいるんじゃないかと思うんだけど、
セイラもシャアもララァもあの作品においてニュータイプになれなかった。
ニュータイプになったから「勘が鋭く」なったり「一人での有線サイコミュが操作」ができたり「ビットの無線誘導」ができるわけじゃあない。
ああいうのは、全部ニュータイプになる過程の副産物にすぎないわけよ。
[番外編]春日SIDE | permalink | comments(0) | trackbacks(0)

アイチのできるまで 4回

えー、ここはガンダムサイトです。

こだわりが、ニュータイプへの目覚めを邪魔している。
セイラは兄への、シャアは復讐と理想、そしてララァはシャアへの愛情。
これらがこだわりとなって心を開放できなくする。
ララァの指摘のように、アムロには家族も故郷もなくなり、そして恋人がいるわけでもない。
護るものが無い
それなのに戦うのは不自然であると。
通常の物語ではララァの主張が当たり前のように行われる。
「○○を護るために」戦う。

しかし、ニュータイプになるためにはそれを否定しなくてはならない。
「護る」という行為は「敵」がいることが前提で、それは心を閉ざすことになる。

アイチへのガンダムからの内容的影響は以上。
[番外編]春日SIDE | permalink | comments(1) | trackbacks(0)

カレンダー
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031     
<< July 2017 >>